承認欲求の満たし方

以前,ロボットに負けたくない - CAMPHOR- Blogというのを書いたのでその続き的な感じで書いてみる。

機械学習の研究でのテストセットの作成をクラウドソーシングに依頼したよーと先輩が言っていた。
これを聞いて、こうやって仕事は二極化していくんだなと実感した。

なぜそう思ったかと言うと、これからテクノロジーが進化するにつれ、仕事のあり方は変わっていくだろうからだ。
「人間であれば多くの人が出来るがコンピュータにとっては難しい仕事と、コンピュータではどうしても実現できず、人間の中でも一握りの人々しか行えない文脈理解・状況判断・モデル構築・コミュニケーション能力等を駆使することで達成できる仕事の2種類」に二極化していく。(『コンピュータが仕事を奪う』という本で読んだ。)

自分は後者の仕事をして生きていきたいと思っている。
でも、それができる人にちゃんとなれるのだろうかと焦った。
頭も良くないし、それをカバーするだけの体力も根性も足りていない。
こんな自分はどんな価値を生み出せるのだろうか。

自分は世の中で役に立つことをしたいと思っている。
これは別に綺麗事で言っているつもりはなくて、そうすることは自分の存在価値があるって思えるような気がするからだ。
つまり、承認欲求を満たすことができそうだからだ。
自分は社会の中でどんな役割を果たして、どんな価値を生み出せるだろうか。
今までに、がんばったと胸を張って言えるほど大したことは何も出来ていないし、これからどうやったらそういうふうになれるかもわからない。
それでも自分は生かされている。
だから、何らかの役割を果たしたいとは思う。
社会の中で「消費者」以外の役割を持っていたい。

こんな話をすると、「そんなに深く考えなくても、人生なんとかなるよ。今幸せならそれでいいやん。」と励ましてくれる友達もいる。
確かに、考えても仕方がない先のことを考え続けて生きるより、今の幸せを感じて生きる方が幸せなのかもしれない。
でも、自分にとってそういう幸せは怖い。
今自分が幸せでも、無知と無自覚からくる無責任さが、直接的にしろ間接的にしろ誰かに不便や不幸を強いているのかもしれないから。
そして、その「誰か」にいつ自分がなってもおかしくないと思うから。

自分はこれから社会の中でどんな役割を果たして、どんな価値を生み出していけるだろうか。
不安は尽きないし、こんな情けない状態から抜け出す術もわからないけど、できることをやるしかないんだろうと思う。
その先に、なにかヒントを見つけられると信じている。
承認欲求を満たせる生き方をしたい。